長崎市長が銃撃される。

2007年4月17日午後8時前に、長崎市のJR長崎駅前で、伊藤一長長崎市長が銃撃されました。伊藤一長長崎市長は今月29日に投票が行われる統一地方選挙で4期目を目指して立候補しています。遊説先から帰る途中だったようです。午後8時15分現在、様態など詳しい状況は不明ですが、報道によると意識はなかった模様です。現場はNHKの放送局から近かったようで7時50分頃に撮影された市長が救急車で搬送される様子や容疑者が逮捕される様子が流れています。他のチャンネルでは速報が入ったものの通常の番組が続けられています。

長崎県長崎市は太平洋戦争中に原子爆弾が投下されており毎年「平和宣言」を行っていますが、伊藤一長市長は米英によるイラク攻撃を批判。「専守防衛」の理念を守り、非核三原則を法制化するよう政府に要求しています。長崎市では1990年1月18日午後3時頃にも当時の本島等市長が「昭和天皇の戦争責任」発言で右翼団体幹部(田尻和美・当時40歳)から銃撃、1か月の重傷を負う事件が起きています。
8時24分にNHKが報じたところ、政府関係者が長崎市長は意識不明の重体だと述べたと言うことです。また、容疑者は黙秘ししていると言うことです。
8時29分、NHK長崎大学医学部歯学部付属病院に行った記者と中継を繋ぎましたが、病院は取材に応じておらず容体は不明です。市長は午後8時10分頃に病院に到着したようです。他のチャンネルは未だに通常報道を続けています。日経新聞が掲載した共同通信配信の記事によると、長崎県警も伊藤市長が意識不明の重体であると述べたようです。市の重役は長崎大学病院に集まっているほか、市役所の職員は市役所に集まっていると言うことです。
長崎大学医学部歯学部付属病院

午後8時44分頃NHKが報じたところ、警察庁の情報で容疑者の身元は不明であるものの山口組系の暴力団だということで、確認を急いでいるという事です。伊藤市長が撃たれたのは選挙事務所前だったと言うことです。
午後8時55分フジテレビが定時ニュースで銃撃事件を報じました。事務所前で中継、担当のレポーターは帰宅途中で現場に出くわし銃撃を聞いたと言うことです。容疑者は山口組系の暴力団幹部だという情報があると言うことです。8時56分、市長が救急車で搬送される際の市長の顔の映像がTBSの定時ニュースで流れました。顔には血が付着しており眠っているようにも見えました。日本テレビ系列は見過ごしました。テレビ朝日はなし?
午後9時00分、NHKは定時ニュースに切り替わりました。市長は2発撃たれており心肺停止状態・意識不明の重体であると伝えています。容疑者は40〜50代で現場で殺人未遂容疑で逮捕されています。容疑者は山口組系の暴力団幹部の代行だと述べていると言うことです。容疑者は長崎警察署に連行され取り調べを受けており、容疑を認めていますが、動機や経緯は述べていないと言うことです。
9時10分にNHKは、警察の情報として、容疑者を水心会会長代行・城尾哲彌(しろおてつや)容疑者59歳であると伝えました。水心会は長崎にある山口組系の暴力団です。警察は回転式の拳銃を回収したと言うことです。選挙戦に対する嫌がらせなどはなかったと言うことです。9時14分NHK安倍晋三総理大臣の真相究明を望むコメントを報じました。9時26分NHKは、アメリカの銃の乱射事件に移りました。こちらも中継が出ています。
産経新聞の記事によると、容疑者の男は「長崎市との間で、入札をめぐるトラブルがあった」と話していると言うことです。
午後10時、テレビ朝日では定時通り報道ステーションが始まり今回の事件を報じています。10時18分、NHKは午後10時過ぎの長崎県警の会見の様子を流しました。事件は7時52分頃に選挙事務所前に発生し、7時54分頃に殺人未遂で現行犯逮捕した(選挙事務所の関係者に常人逮捕され、後に警察に引き渡された)と言うことです。また、捜査本部が設置されたと言うことです。スタジオでの話では2003年4月に容疑者は道路の不備による自動車事故を巡り長崎市と問題になっていて市長を恨んでいたのではないかという情報があるほか、色々と問題があったようですが、市長とのトラブルについては把握していないと言うことです。また、容疑者はテレビ朝日に対して公共工事の入札に関するトラブルを告発する封書を送っていたと言うことです。市長は現在手術を受けています。10時42分にNHKが伝えたところによると、市長は3メートルの距離から背中を2発撃たれたと言うことです。10時44分、NHKの全国放送が終了しましたが九州地区では引き続き今回の事件の報道が行われています。
11時09分、九州地区のNHKでは病院前と中継を繋ぎましたが、市長は依然3階の集中治療室で治療を受けているものの容体は発表されていません。(午後11時49分NHKは、誤って「長崎 伊藤一長市長 撃たれて死亡」というテロップを3秒半ほど表示しました。すぐに「心肺停止」と切り替え53分にはアナウンサーが謝罪したということです。機器の操作を誤ったということです。)
2007年4月18日午前1時22分、産経新聞は長崎大病院の会見で「蘇生の見通しは大変厳しい。市長の家族にもそう説明した」という発言があったという記事をWEBサイトに掲載しました。掲示板群「2ちゃんねる」への投稿によると、長崎大学病院の記者会見は次の通り。家族の意向で記者会見を行い、病院長と心臓外科の教授が出席。午後8時10分に心停止状態で搬送され人工心肺装着。8時40〜49分に胸と背を開き手術開始、弾は2発で大血管(過大静脈)、肺静脈、右心室を損傷し、胸骨で止まっていたとのこと。心臓、血管修復して、血液が循環、人工心肺を施し、翌日の午前0時50分に手術終了。集中治療室に移し落ち着いてから脳波。人工心肺で生命維持中で心拍数微弱、蘇生は難しいとのこと。
翌朝の報道で、伊藤一長長崎市長は2007年4月18日午前2時28分に出血多量で死亡したと言うことです。



最近政治家が襲われた事件としては、民主党石井紘基衆院議員が2002年10月25日に右翼団体構成員の伊藤白水に刺殺されています。また、2006年8月15日には小泉純一郎首相(当時)の靖国神社公式参拝を批判する発言を行っていたとして、東京の右翼団体の幹部が自民党加藤紘一衆議院議員の自宅と事務所に放火し全焼させ、直後に容疑者自身が腹を切って重傷を負う事件が起きています。
http://d.hatena.ne.jp/komutai/20060816#p1
ちなみに巨大掲示板群「2ちゃんねる」では、「城尾哲彌容疑者は在日韓国人で本名は白正哲である」という情報がまことしやかに書かれています。

マスコミの反応や一部の政治家の発言を見るに、城尾哲彌容疑者は事件前に「城尾哲弥」(哲彌ではない)という名前で、談合でトラブルがあったという内容の封書を各所に送っていたのでしょうか。名前を早めに漢字で伝えていたメディアは「城尾哲弥」という名前で報じていたところが多かったですし、産経新聞などでは早速と談合でトラブルがあったと報じています。封書が届いた事実を公にしたのはテレビ朝日だけですし(テレビ朝日に届いていた封書には「城尾哲弥」と書かれており、談合でトラブルがあったという内容が書かれていたそうです)、市長の選挙事務所では思い当たる節はなく対応をしていなかったことから、あくまで憶測ですが。